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始まり

 頭上には空がある。雲ひとつない青空だ。
 そのすぐ下には人がいる。その集団は各々が楽器を持っていた。それはコントラバスであったり、チューバであったり、尺八であったり、あるいはピアノであったり。それぞれは円盤状の装置の上に乗り、スタートのその時を待っていた。
 その中に白髪の女がいる。その髪に合わせたような白いジャケット、その白と相反するような黒いパンツを身につけ、吹く風に髪が舞い踊っていた。しかしそれを一向に気にすることはなく、バイオリンを構えまっすぐに正面を見つめていた。その姿はまだ成長しきっていない何も知らない子どものようでもあり、しかし、幼いままでは決してできないような強い決意を胸のうちに秘め、すべてを見通したような雰囲気も漂わせていた。
 そしてその下にも人がいる。彼らはグラスに満たされた酒や肉を食い散らかし、その頭上に居る人々に声援を送る。そんな風に数え切れないほどの数の人が蠢き、騒ぎ、時を待つ。
 そんな熱気に包まれる中、一つだけ空気が違うテントがある。そこには三列に並べられたテーブルと椅子があり、テーブルの上にはモニター、そしてそれを操作するような機械が置いてあった。その機材の前にはそれぞれ一人ずつの人間が腰掛けてそのモニターを見つめている。その列にの中にいる黒髪の青年があの白髪の女を見つめていた。松脂のにおいをかすかに漂わせる青年は薄汚い作業着に身を包んでいた。
 彼が彼女から目の前のモニターに目を移すと同時に会場にはアナウンスが流れる。
「さぁ、皆々様、お待たせしました!」
 それに呼応し人々のボルテージは最高潮まで上がっていく。
「三年に一度のこの大会、どれだけの人々が待ち望んでいたことでしょうか。この世界の人間全員が待ち望んでいたといっても過言ではないでしょう! さて今年の栄冠を掴み、セントラル永住権の栄誉を手に入れるのは一体誰なのか。優勝候補筆頭、ついに四連覇を成し遂げるのか!『ペガサス』! 対抗馬の『ヘラクレス』が彼の牙城を崩すのか! 『ロケッティア』ことアイドルパトリシアがその二人をも骨向きにしてしまうのか、はたまた名もなきダークホースがこのエルシエロで誕生するのか! 誰にも予想できない、誰にも邪魔できない戦い、エルシエロ、まもやく開幕いたします!」
 最高潮かと思われていた人々の熱気は更に加速する。楽器を構える人々はそれを奏でるために体を少し硬くした。その下の人々は声を張り上げ、叫び、轟き、破裂する。
 そして空中、楽器を構えた人々――――演奏者の眼前には大きな数字が浮かび上がる。
『3』
 演奏者は目を見開き、そのときを待つ。
『2』
 見物人たちもそのときを待つ。
『1』
 そうして。
『スタート!』
 彼らの戦いは始まるのである。
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