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「私ね、昨日誕生日だったんだよ。誕生日。なのに、一昨日あいつが急に別れようなんて言い始めたから。だから急に電話しちゃって、今日に至るってわけなの」
 ユウリは僕の腕に顔をうずめながらそう言った。声には若干の不機嫌の色が含まれている。
「電話してすぐに寝れる僕みたいな男がいるから振られるんじゃないの?」
 皮肉を込めてユウリに言うとそのまま首を横にブンブンと振る。髪の毛が鼻にくすぐったい。
「こういうことするのハルカだけだもん。だからハルカに彼女がいる期間はこういうこと一切やってませんー」
「信じがたいなぁ」
 そう言って笑うとユウリは不服だったのか僕の腕から離れてダブルベッドの端っこまで転がっていく。布団まで持って行かれて、パンツしか履いていない僕は急に寒さの中に投げ出される。
「おい、持ってかないでくれよ、寒い」
「私の言うこと信じてくれないハルカにあげる布団はありませーん」
 そう言うユウリの声にはやはり少し不服そうな色が混じっていたけれども、今度のものは拗ねたもの、言うなればいたずらっ子が構ってもらえなくっていじけているようなものだった。
「悪かったよ、寒いし布団返しておくれ」
 そうしてユウリの元へと僕も転がっていく。
「そしたら……私のこと好きって言ってくれたら返してあげる」
 数瞬、間ができた。僕は怒るべきなのか、何か言うべきなのか見失って、とりあえずユウリに無理やりこちらを向かせてキスをした。
ユウリは体を固くしたが、それを拒むことなく受け入れた。彼女の口の中は先ほどの余韻で乾いているのか、始めは少しカサついていたが、口づけを繰り返す度に潤いを取り戻していく。唇はほんの少し桃の香りがして、僕の気持ちを高めていく。
何度も唇でお互いを求め合っているうちにユウリは僕に布団をかけてくれた。そして僕の胸へ頭を沈めると小さな声でつぶやく。
「ごめん、嫌なこと言ったね」
「いや、こっちこそごめん」
 頭を優しく二度叩くと、少し硬ばっていた体が少し柔らかくなる。
「でもね」
 けれど、ユウリは体をまた硬くして、僕に訪ねてくる。
「やっぱり、まだ好きなの? 私じゃ駄目?」
「僕にその質問に答えろって?」

 *****

「僕にその質問に答えろって?」
そう言ったハルカの声は思ったよりも低い声で私はやってしまったか、と体を小さく震わせた。身を縮めていると、頭をゴツゴツとした頭で撫でられて、思わず息をついてしまう。
「別に怒ってるわけじゃなくて、なんかうまく答えられなかったから」
「うん、私こそごめん。あの、お詫びって言う訳じゃないんだけど」
 私はそう言って、もう一歩踏み出すことにした。
「ハルカの元カノ、昨日の誕生日なにしてたか知りたい?」
 言ってから、少しだけ間があったと思う。私にとってはその間が千秒にも万秒にも感じる。その長い長い間を破った彼の一言はこうだった。
「いや、多分今日寝られなくなるからいいよ。それより、汗くさいから風呂入ろうぜ」
 そう言って、彼はベッドから出て行ってしまう。
「んー、そっか。あたしもすぐ行くから待ってて」
 はいよー、と気のない返事をして彼はバスルームへと消えていく。
「あーあ、おねえちゃんにはかなわないかー」
 思わずそう呟いて、ベッドへと倒れこむ。
「私のほうが好きなのに」
 そのつぶやきはシャワーの音で彼には伝わらなかった。シャワーの音なんてなくても彼には伝わらないけれど。
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